真夜中の五分前 / 本多 孝好
どんな本?
こんな方におすすめ:恋愛小説、お仕事系小説、哲学が好きな方へ
本多 孝好さんといえば、『正義のミカタ I'm a loser』やドラマ化された『dele』シリーズなどが特に知られた作品だと思いますが、本書も2004年に刊行され、映画化もされた代表作のひとつだと思います。
「side-A」と「side-B」と2冊組で、必ず「side-A」からお読みくださいとあり、なにやら意味深。
きっと何か構成に秘密があるはず。
そう思いながら、おそるおそる読みましたが、それぞれ200ページ前後で読みやすく、イッキ読みできます。
“少し遅れた時計を好んで使った恋人が、六年前に死んだ。いま、小さな広告代理店に勤める僕の時間は、あの日からずっと五分ズレたままだ。そんな僕の前に突然現れた、一卵性双生児のかすみ。彼女が秘密の恋を打ち明けたとき、現実は思いもよらぬ世界へ僕を押しやった。洒落た語りも魅力的な、side‐Aから始まる新感覚の恋愛小説。偶然の出会いが運命の環を廻し、愛の奇蹟を奏で出す。”
(side-A 文庫裏表紙より)
この本の読みどころ
自分とは? 愛とは? 仕事とは?
本書は恋愛小説でありながら、並行して仕事の部分もしっかり描かれていて、世の中のしくみについて、哲学的ともいえるような命題の数々をつきつけられます。
個人的にはその仕事の部分について、特に響きました。
広告代理店につとめる主人公が、クライアントのかかえる問題を解決するにあたり、詐欺すれすれの仕事をする部分があります。
それに対する考え方が現代を鋭く切っていて、目から鱗が落ちました。
「だって、本当に必要なものなんてそんなにない。それだけでここまで肥大した世界を回せはしない。なあ、ここだけの話だぜ。コンピューターなんてあんなものを必要とするのは、本当に一部の研究者だけさ。電子メール? インターネット? そんなものが普通の生活に必要か? 普通の人の普通の生活を醜悪なものにするだけだ。コンピューターだけじゃないぜ。世界は不必要なもので溢れ返っているし、不必要なものは人を醜くするんだ。でも、そうしなきゃ、もう世界は回らないんだよ。衣食住だけで満足されちゃ、世界は回らない。みんな、せっせと不必要なものを作って、せっせと金を稼いで、そうしてせっせと不必要なものを買って、結局はせっせと醜くなっていくんだ」
確かに私の田舎の両親だってパソコンのパの字も知らなくても何も困らずに生活しているなあ、なんて考えてしまいました。
まさに砂漠で毛布を売るようなことを主人公は実践していきますが、確かに現代の社会はそんなことでも考えなければ世の中はまわらない状態で、コロナ禍で叫ばれた不要不急についても、実はパンドラの函を開けてしまったのではないかと思ってしまいます。
必要がなくて済んでしまうことがいかに多いかということにみんなが気づいてしまったと思う反面、必要がなくても雇用を確保するために不要なものに必要性を見出す必要もあり、難しい問題です。
正直、恋愛部分に関しては、疑問符が残る感じで賛否わかれるかもしれませんが、それでも双子のアイデンディティの問題など興味深いものがありますし、読み方の主軸をずらすと、とても考えさせられる小説でした。
それにしても時計を五分ズラしておくというアイディア。
ちょっとキザだけど、マネしたくもなるなあ、なんて思ったりもしました。